第4回展 北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、さえも 

会期 2020/9/18Fri-12/20Sun 

“密”な空間と “距離”のある空間が対峙する。

今度の展覧会は、 「新しい展示様式」だ!

私が今回の展覧会でお見せしたいのは、 コロナという事態をおもしろおかしくパロディ化することでも、 茶化すことでもありません。そうではなく、 今世の中で起こっている事態を冷静に見つめなおした時に 感じられる異常性について、確認しておきたかったということ。 今回のテーマは、この一点に尽きるかと思います。

 

 展示室1<距離愛コース>は、感染予防対策として、作品はマスクを着用し2メートルづつ離されています。

展示室2<蜜の味コース>は、作品を近づけて展示した少し危険な展示室になっています。
映像作品「コロナ 狂騒曲」は、お一人様のみ鑑賞可能です。
受付奥テーブルにてお待ちください。

 

関連イベント 「アベノマスク再生プロジェクト」

あなたの家に眠っているアベノマスク(未使用)を ご持参ください。その場でM@Mオリジナル加工をいたします。デザインは当日のお楽しみ。  
日時 :  会期中、常時開催
参加費 : 無料 (入場料は必要)
申し込み:不要
条件 : アベノマスクをご持参ください。
(未開封に限ります。他のマスクは不可ですのでご注意ください。)
 

オンライン アベノマスク再生プロジェクト

 

〈北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、さえも〉展を開催するにあたって


この度モリムラ@ミュージアムでは、第 回企画展〈北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、 さえも〉を開催いたします。 新型コロナウィルスの感染が世界的に広がり、社会も人々も疲弊する状況下、いわゆるコロナ禍において、どういう 展覧会をすべきなのか、むしろ今は休館にするほうがいいのではないか。そのようなことを、ミュージアムスタッフ とも話しあい、その結果として今回のような企画展の開催となりました。

言うまでもなく、本展タイトルは 20 世紀以降の美術史に大きな影響を与えたマルセル・デュシャンの代表作、 〈彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも〉から想を得ています。ありていに言えば、デュシャンをパロったタイトルです。 メインビジュアルは、展覧会タイトルの通り、私(モリムラ)が扮したモナリザ作品にマスクを付け加えて制作 されました。デュシャンには、モナリザの絵葉書にヒゲをイタズラ描きした〈L.H.O.O.Q〉という作品があり、 いわばこの “ヒゲをはやしたモナリザ” がマスクをしているのでヒゲは見えない状態になっているというのが 今回のメインビジュアルの含意になっています。また、マスク上に書かれた文言、「なぜくしゃみをしない」も、 デュシャンの別作品のタイトルからの引用となっています。

以上、少々まわりくどい説明をあえてさせていただいたのですが、このように今回の展覧会は、パロディや 遊び的な要素が目立つ傾向にあります。こうした本展におけるパロディ精神や遊びの感覚は、もしかしたら、 多くの重症患者、死者、失業者、そして医療の現場における深刻な状況等々に照らしあわせるなら、少なくとも 今という時期には不適切ではないのか、そういう印象をお持ちになった方もおられるかもしれません。そのような お叱りや御批判の可能性も見すえ、一旦は立ちどまって熟考しましたが、最終的には、当初から構想していた形 を変えずに開催することにいたしました。

私が今回の展覧会でお見せしたいのは、コロナという事態をおもしろおかしくパロディ化することでも、 茶化すことでもありません。そうではなく、今世の中で起こっている事態を冷静に見つめなおした時に感じられる “異常性” について、(私は美術家なので、美術家の表現として)確認しておきたかったということ。今回のテーマは、 この一点に尽きるかと思います。

例えば、マスクです。コロナをうつさない、コロナにうつらない。 そのために、世界中の人々がマスクをつけている。そしてこれを、“新しい生活様式” と呼び、誰もがこれを励行 することが求められている。私はブラジルのボルソナーロや少し前のアメリカのトランプのように、マスクは不要 だなどと主張したいわけではまったくありませんが、それと同時に感染予防にくわしいサイエンティストでもない ので、市販の一般的なマスクがどれくらい感染予防に効果的なのかよくはわかっていません。わからないけれども、 マスクをすることが今や “新しい生活様式” であり、今日的な常識であるということに、なんとなく納得し、私も またマスクをしています。あえて冗談めかしていうなら、パンツを履くのが世の常識であると、なんとなく納得 してしまっているのと同じような気分で、口と鼻をマスクで覆っているような感覚です。 あるいはマスクをつけた人々が黙々と街を歩く姿は、私には次のような SF まがいの光景ともダブって感じられます。 それは空気汚染が深刻になり、誰もが防毒マスクをつけて街を歩いている、そのような近未来的光景です。そういう 信じがたい光景をも思い浮かべつつ、私はこう思うのです。みんながマスクをしていることを “新しい生活様式”などと呼ぶべきではないと。万人の中に 人の感染者がいると仮定して、自分がその 人の感染者のひとりかも しれないという不安から、9995 人の無感染者がマスクで自分の口と鼻を覆わないといけなくなるというのは、 “新しい生活様式” というよりも、むしろ異常事態であると捉えるべきではないのか。ところが、これは私も含めて の話ですが、誰もが「なんかこれっておかしくはないか」という疑問が脳裏をかすめても、とりあえずは知らない ふりをしておくという無難な道を選びがちになります。

人通りの少ない道を歩くときも、多くの人はマスクをしています。かくいう私もマスクをします。でもふと思う のです。こんなに閑散としているなら、少なくともここではマスクは不要ではないかしらと。でも科学的に立証 されてもいないそんな疑問は忘れたふりをして、ともかく言われたことを律儀にも遵守して、我々の多くは黙々 と “新しい生活様式” とやらを受け入れるのです。事の真偽はよく知らないのですが、インドのカースト制度が生 まれた起因には、疫病の感染予防対策ということがあったという人がいます。カースト制度という“新しい生活様式” を人々が受け入れることによって、階級制度が生まれたというのであれば、“新しい生活様式” という聞こえのよい 響きにも、じゅうぶん検証の目を向ける必要があるのではないか。 今起こっている事態はきわめて深刻な悲劇です。ところがそれにもかかわらず、まるでコメディアスな不条理劇 を観ているかような気分におちいってしまうのは、私ひとりだけではないはずです。

ソーシャル・ディスタンスという言葉にも、私は違和感を覚えます。ソーシャル・ディスタンスを確保できない 業種、例えばライブ・ハウスやいわゆる “夜の街関連” という嫌味な言葉で表記される仕事が、悪の巣窟であるか のように印象付けられる一方で、逆に出歩かずに家族で楽しむというアットホームな生活様式が推奨されている かのように感じるのは私だけでしょうか。ほんとうは他者と他者とが密接に関わること、これも嫌な文言ですが、 いわゆる “三密” こそが人間の本来の常態であって、ソーシャル・ディスタンスは、“新しい生活様式” というよりも、 むしろ特殊な事情による “異常な生活様式” であると自覚すべきです。

マスクをすることや、ソーシャル・ディスタンスを保つことが世の常識であるとおおっぴらに喧伝されざるを得な い今という時代は、明らかに “異常” です。そしてこの “異常” の常識化に順応していくことを強いる社会というのは、 さらに “異常” です。少し離れたところから冷静に眺めれば、どう見ても、これはカルカチュアライズされてしかる べき喜劇であり滑稽譚である、私にはそう思えてなりません。繰り返しますが、私はマスクやソーシャル・ディスタ ンスを拒否せよなどと主張しているのではありません。それらを巡る言説に批評的であれと訴えているにすぎません。

今回のモリムラ@ミュージアムでの企画展は、今の社会状況下における、美術表現の立場からの違和感の表明、 時代の流れに対するささやかな抵抗をテーマとしています。もし本展が、冒頭で述べたような、パロディや遊びと いったいささか軽薄で茶化した印象を与えるとしたら、それは以上のような現代という時代の異常性に対する抵抗 を、“諷刺” という形式で表現しているからなのだと思います。 私はサイエンティストではないので、ここまで述べた内容について、科学的な御批判があるだろうという点に ついては甘受します。私は芸術という領域にいる人間なので、私の実践はすべて私の芸術的直感に頼っています。 その芸術的直感が正しいか否かは、私にもわかりません。ですがさらにもうひとつだけ、私の芸術的直感を披瀝 させていただき、この文章を終えようと思います。 今起こっていることは、あまりにも悲劇であり、あまりにも異常であり、そしてあまりにも滑稽でありすぎる。 そういう歴史の一コマを我々は生きているのですが、しかし今のこの悲喜劇は、やがて来るさらに取り返しのつかない 致命的な悲劇の予告なのではないか。それにもかかわらず、その来たるべき大きな不幸に深く思いをいたらせることが できないでいるという、この人類の愚かさ。ここにもまた喜劇があり滑稽譚がある。私のこの芸術的直感が的外れ であることをおおいに期待しつつ、本展を開催することにいたします。

森村泰昌 2020 年 8 月 6 日 大阪にて